《0770》 早すぎた「今夜が山」 [未分類]

「今夜が山です」

 

これまで何度も言いましたが当たる確率は半部以下。

それでも言わなくてはいけないのが、医者の性です。

今回は、研修医君の前で恥をかくわけにいきません。

 

今夜が山、と判断するには一応、根拠があります。

 

・血圧が下がってくる。

・尿が出なくなる。

・酸素飽和度が下がってくる・・・

 

この末期がんの患者さんも、これらの条件を満たしました。

 

「たいてい遠くの親戚がうるさいので、特に注意が必要だ。

 少し早めに宣言するくらいのほうが間違いが少ないんだ」

 

一応、在宅看取りの経験が少々あるので経験数では

叶わない研修医君に先輩面をしながら説明しました。

研修医君はまだ在宅看取りを見たことがありません。

 

夕方、遠くの親戚御一行さまが到着されました。

10人をゆうに超えていて、急に賑やかになりました。

狭い家ですから、私たちが座る場所もなくなりました。

 

一族全員に向かって、再度、ご挨拶と病状説明しました。

 

「長尾先生、説明ばかりしていますね」と

研修医君が、耳元で囁きました。

 

「うるさいよ。説明が大切なんだ。

 いつも遠くの親戚が曲者なんだ。

 だからムンテラなんだ、ムンテラ」

 

翌朝、研修医君を連れて、おそるおそる訪問しました。

なんと、患者さんはベッドを起こして食べていました!

まあ、食べられることはいいことなんですが・・・

 

「長尾先生、点滴やめたら元気になりましたね」

 

「いや、点滴をやめたからじゃないよ。

 自然に一時的に元気になっただけだ。

 まあ、一時的な揺らぎというべき状態だ」

 

また、訳の分からない説明をしていました。

 

翌々朝も、同じような状態でした。

悪いなりにまあまあ穏やかでです。

在宅ノートには、「小康状態」とだけ書きました。

 

帰りがけに遠くの親戚が大きな声で聞いてきました。

 

「先生、いつになったら死ぬんですか!?」

 

「シー!」

 

思わず、指を立てて制しました。

幸い患者さんは寝ていて、聞こえていません。

その遠くの親戚に言いました。

 

「実は少し病状が回復しまして・・・

 状態は悪いのですが、いわゆる小康状態でして。

 いつ急変するか分からない大変危険な状態です」

 

「それは分かっとる。見れば誰でも分かるじゃろ。

 でも本当は、いつなんじゃ?」

 

「それが、実は私もハッキリいつと言えない状況でして。

 今言えるのは、命の炎がだんだん小さくなって・・・」

 

「いや、ワシは大事な仕事があるんじゃ。

 落ち着いているなら一旦帰ってもいいかいな?」

 

「いいですよ・・・」

 

振り向くと研修医君が笑っていました。

 

「ちょっと早く呼び過ぎたみたい・・・」

と笑って誤魔化しましたが、威厳は失墜。

まあ、元々威厳は捨てていますが。

 

それにしても、人間は簡単には死なないもの。

飲まず食わずで1週間経過しても生きています。

人間の生命力を甘く見ていた自分を反省しました。

 

人生と同じで、反省の連続です。

(続く)