《0776》 注射で眠らせて下さい・・・ [未分類]

痛みの治療はそこそこ上手くいっているようです。

しかし全身倦怠感を、どうすることもできません。

なんとも身の置き場の無いダルさを何とかして!

 

患者さんから、そう訴えられました。

安定剤処方を提案するも納得されません。

「長尾先生、注射で眠らせて下さい!」

 

こう来ました。

 

この言葉を聞くと、辛くなります。

自分の緩和医療の技術の未熟さを嘆いているのです。

しかし本当に嘆いているのは、患者さんの方ですが。

 

「長尾先生、注射で眠らせたほうがいいんじゃないですか?」

 

研修医君がアドバイスしてきました。

 

「大学病院ではドルミカムでセデーションするのが普通ですよ」

 

ドルミカムとは、鎮静剤の名前、

セデーションとは、鎮静をさせることです。

点滴を持続して流し、意識レベルを低下させることです。

 

深い眠りにつかせることも、浅い眠りに置いておくのも

今の医学では自由自在にできます。

在宅現場では、自動ポンプが必要なので少々面倒ですが。

 

研修医君は、深い眠りを勧めてくれます。

しかし私は、セデーションは好きではありません。

自然に任せたい、そういう気持ちが強く働きます。

 

「しかしこれまで500人以上、在宅で看取ったが

 セデーションを必要とした患者さんは皆無だったよ」

 

「長尾先生、それは違うんじゃないですか?

 大学病院では多く行うものが、自宅では0%。

 その差は一体どう考えたらいいんですか?」

 

「きっと、延命処置が違うじゃないかな。

 大学病院では、しっかり延命処置をするが、

 在宅療養では、ほとんど延命処置をしないから」

 

本当は、もっと過激に言いたいところですが、

そこはグッと抑えて大人の意見として言いました。

実際、延命治療が患者さんの苦痛を増している場合が多い。

 

それでも研修医君が反論してきました。

 

「長尾先生、じゃあ、延命治療は悪と言っているのですか?

 延命治療で患者さんの苦痛が増加するということですか?

 延命治療しなければ、セデーションも必要ないのですか?」

 

難しい話になってきました。

黙って頷くだけにしておきました。

 

「じゃあ、長尾先生、もし延命治療をしなければ

 眠らせてくれ!という患者はいないのですか?」

 

いろんな患者さんのお顔が頭の中に浮かびました。

何人か眠らせてくれと言われた方の顔が浮かびました。

現に目の前の末期がんの患者さんもそう言っています。

 

議論しているうちに、患者さんが叫びました。

 

「なんでもいいから、眠らせてくれ!お願いだ!」

 

慌てて、鎮静剤の座薬を入れました。

 

もうお口からは睡眠薬を飲めないのです。

肛門から入れる以外に方法がないのです。

30分もすれば静かな眠りに入りました。

 

「長尾先生、これってセデーションじゃないですか?」

 

「そう言われてみれば、そうだね・・・」

 

鎮静剤の注射か飲み薬か座薬かの違いはあれど

鎮静行為には違いはありません。

知らず知らずのうちにセデーションを行っていたのです。

(つづく)