痛みの治療はそこそこ上手くいっているようです。
しかし全身倦怠感を、どうすることもできません。
なんとも身の置き場の無いダルさを何とかして!
患者さんから、そう訴えられました。
安定剤処方を提案するも納得されません。
「長尾先生、注射で眠らせて下さい!」
こう来ました。
この言葉を聞くと、辛くなります。
自分の緩和医療の技術の未熟さを嘆いているのです。
しかし本当に嘆いているのは、患者さんの方ですが。
「長尾先生、注射で眠らせたほうがいいんじゃないですか?」
研修医君がアドバイスしてきました。
「大学病院ではドルミカムでセデーションするのが普通ですよ」
ドルミカムとは、鎮静剤の名前、
セデーションとは、鎮静をさせることです。
点滴を持続して流し、意識レベルを低下させることです。
深い眠りにつかせることも、浅い眠りに置いておくのも
今の医学では自由自在にできます。
在宅現場では、自動ポンプが必要なので少々面倒ですが。
研修医君は、深い眠りを勧めてくれます。
しかし私は、セデーションは好きではありません。
自然に任せたい、そういう気持ちが強く働きます。
「しかしこれまで500人以上、在宅で看取ったが
セデーションを必要とした患者さんは皆無だったよ」
「長尾先生、それは違うんじゃないですか?
大学病院では多く行うものが、自宅では0%。
その差は一体どう考えたらいいんですか?」
「きっと、延命処置が違うじゃないかな。
大学病院では、しっかり延命処置をするが、
在宅療養では、ほとんど延命処置をしないから」
本当は、もっと過激に言いたいところですが、
そこはグッと抑えて大人の意見として言いました。
実際、延命治療が患者さんの苦痛を増している場合が多い。
それでも研修医君が反論してきました。
「長尾先生、じゃあ、延命治療は悪と言っているのですか?
延命治療で患者さんの苦痛が増加するということですか?
延命治療しなければ、セデーションも必要ないのですか?」
難しい話になってきました。
黙って頷くだけにしておきました。
「じゃあ、長尾先生、もし延命治療をしなければ
眠らせてくれ!という患者はいないのですか?」
いろんな患者さんのお顔が頭の中に浮かびました。
何人か眠らせてくれと言われた方の顔が浮かびました。
現に目の前の末期がんの患者さんもそう言っています。
議論しているうちに、患者さんが叫びました。
「なんでもいいから、眠らせてくれ!お願いだ!」
慌てて、鎮静剤の座薬を入れました。
もうお口からは睡眠薬を飲めないのです。
肛門から入れる以外に方法がないのです。
30分もすれば静かな眠りに入りました。
「長尾先生、これってセデーションじゃないですか?」
「そう言われてみれば、そうだね・・・」
鎮静剤の注射か飲み薬か座薬かの違いはあれど
鎮静行為には違いはありません。
知らず知らずのうちにセデーションを行っていたのです。
(つづく)