鎮静剤の座薬は3時間ほどで効果が切れたようです。
患者さんは再び、寝巻を脱ぎ出し、悶え始めました。
再度、鎮静剤の座薬を肛門から入れてもらいました。
「この悶えは、死の壁かもしれないな・・・」
と呟いたら、研修医君が反応してくれました。
「死の壁?
長尾先生、何ですかそれ?
そんなもん医学部で習っていませんが」
「そりゃそうだろう。
私が勝手にそう呼んでいるだけだからね。
亡くなる前日ないし半日前に、
患者さんが悶える時があるんだ。
老衰でも末期がんでもそれは同じさ。
旅立つ前に乗り越える壁があるんだ」
長年の経験談をここで持ち出しました。
「まあ、死ぬことはお産と似ているからね。
生みの苦しみ、っていうじゃないか。
死ぬ時も多少は苦しみがあるんだよ」
「長尾先生、どの雑誌に発表されたのですか?」
「そんなもん、発表なんてしていないよ。
単なる経験則。
たくさん診てきて、そう感じるだけだよ」
夜の外来が終わった後再び研修医君と訪問しました。
最期になれば一日に何度も訪問することがあります。
まだ、死の壁の最中らしく、少し悶えていました。
医学的に言えば意識レベルが低下した状態。
「せん妄状態」と呼びます。
患者さんに問いかけてみました。
「大丈夫ですか?」
「(悶えながら)先生、一緒に寝てください!」
これを言われたことが過去に何度かあります。
そして一緒に寝たことが、3回ほどあります。
1人は、そのまま旅立たれましたが・・・
「何度も呼ばれるのでこの方が楽なのです。
時間があるので、少し寝てあげようかな」
一緒にベッドに入り横になりました。
ついでに腕枕をしました。
患者さんは少し安心したようでした。
御家族は喜んでいます。
しかし研修医君は、呆れています。
「こんな変なお医者さん、見たことないです」
「たしかに・・・」
(つづく)