《0777》 先生、一緒に寝て下さい! [未分類]

鎮静剤の座薬は3時間ほどで効果が切れたようです。

患者さんは再び、寝巻を脱ぎ出し、悶え始めました。

再度、鎮静剤の座薬を肛門から入れてもらいました。

 

「この悶えは、死の壁かもしれないな・・・」

と呟いたら、研修医君が反応してくれました。

 

「死の壁?

長尾先生、何ですかそれ?

 そんなもん医学部で習っていませんが」

 

「そりゃそうだろう。

 私が勝手にそう呼んでいるだけだからね。

亡くなる前日ないし半日前に、

患者さんが悶える時があるんだ。

老衰でも末期がんでもそれは同じさ。

旅立つ前に乗り越える壁があるんだ」

 

長年の経験談をここで持ち出しました。

 

「まあ、死ぬことはお産と似ているからね。

 生みの苦しみ、っていうじゃないか。

 死ぬ時も多少は苦しみがあるんだよ」

 

「長尾先生、どの雑誌に発表されたのですか?」

 

「そんなもん、発表なんてしていないよ。

 単なる経験則。

 たくさん診てきて、そう感じるだけだよ」

 

夜の外来が終わった後再び研修医君と訪問しました。

最期になれば一日に何度も訪問することがあります。

まだ、死の壁の最中らしく、少し悶えていました。

 

医学的に言えば意識レベルが低下した状態。

「せん妄状態」と呼びます。

患者さんに問いかけてみました。

 

「大丈夫ですか?」

 

「(悶えながら)先生、一緒に寝てください!」

 

これを言われたことが過去に何度かあります。

そして一緒に寝たことが、3回ほどあります。

1人は、そのまま旅立たれましたが・・・

 

「何度も呼ばれるのでこの方が楽なのです。

 時間があるので、少し寝てあげようかな」

 

一緒にベッドに入り横になりました。

ついでに腕枕をしました。

患者さんは少し安心したようでした。

 

御家族は喜んでいます。

しかし研修医君は、呆れています。

 

「こんな変なお医者さん、見たことないです」

 

「たしかに・・・」

(つづく)