《0790》 死にたい人はスイスに行く ――最新、欧州尊厳死事情―― [未分類]

昨日から、死に関する話ばかり書いている。
死が怖い方や気分の悪い方は読まないで欲しい。
死に関する世界の動向に興味のある方のみ読んで頂きたい。

記事の内容については、ほぼリアルタイムのレポートであるため
また、言葉の壁があるため、間違いや事実誤認があるかもしれない。
あくまで尼崎の一町医者が書いた、つたない日記とお許し願いたい。

● 知っているようで知らないスイスという国

会場のスイスホテルからチューリッヒ中心部までバスで約15分。
夕方、チューリッヒ駅近くを散策したが、どこも素敵な光景ばかりだ。
夕食後は、結構早い流れの川の岸辺で長い長い夕焼けを楽しんだ。

スイスという国は永世中立国、と昨日書いたばかり。
しかしちゃんと軍隊があり、徴兵制がひかれている。
海が無い国なのに、海軍まである。

街中には、あちこちに国旗が掲げられている。
もしこれが日の丸なら、などと想像してしまう。
国連やEUとは、少し距離を取っているようだ。

原発は5基ある。
日本の原発事故に、ドイツよりも早く反応した国だ。
早々に脱原発政策を決定し、脱原発に舵を切っている。

● 死の権利・世界連合大会2日目は市民公開講座

尊厳死を考える組織は、世界に60以上あるそうだ。
今回、世界24カ国から46団体が集まって情報交換している。
世界大会2日目は、市民との公開討論会の様子をレポートする。

ちなみに、日本尊厳死協会は世界で一番会員が多い
団体であることを、ここで初めて知った。
日本ではひとつだけだが、欧州では、同様の組織が沢山ある。

ご質問にあった、アジアで日本だけの理由は
やはり儒教との関係ではないか。
あとカトリック系は、尊厳死には反対である。

前日、尊厳死に反対する市民団体が押しかけるのでは?
との情報があり、少し緊張して会場に入った。
しかし、ふたを開ければ終日和やかで熱心な雰囲気だった。

● 死にたい人は、スイスに行く

さて、世界大会2日目は、市民との公開シンポだった。
約300人の様々な立場の人が、様々な議論を行った。
市民、弁護士、医療関係者、そして世界連合の会員など。

辛いのはドイツ語とフランス語による会議であること。
英語への同時通訳機を耳にかけての聴講となる。
半分も理解できず、言葉の壁を痛感する。

もっと語学を勉強すべきだったが、後悔先に立たず。
この記事も、つたない語学力を元に書いている。
誤解、聞き間違いがあれば指摘して頂きたい。

午前の部の最初、一人のイギリス人がスピーチされた。
自分は認知症終末期で上手く話せないとのことで
途中から代理人が彼に代わって代読した。

「イギリスでは、死にたいように死ねない。
自分は死ぬ時にはスイスで死ぬ。死にたいように死ぬ」
・・・、EXIT、のことだ。

● EXIT(エグジット)と、Dignitas(デイグニタス)

EXITとは、尊厳死を請け負うNPO団体だ。
スイスには、EXIT(エグジット)と、Dignitas(デイグニタス)
という有名な2つの尊厳死団体がある。

EXITとはこの世から天国への「出口」という意味か。
EXITと言えば、ホテルの従業員は誰でも知っていた。
スイス国民には、よく良く知られた組織であるようだ。

スポーツ選手などの有名人が、EXITの会員だそうだ。
日本尊厳死協会の方が会員数は多いが認知度では負ける。
ネーミングの差なのか。

EXITもデイグニタスも、スイスの尊厳死を請け負う組織だ。

スイスは、3つの言語がある不思議な国だ。
ドイツ語、フランス語、そしてイタリア語。
それぞれの言語圏を対象にしたEXIT組織がある。

EXITスイス、EXITドイチェ、
EWITフランス、EXITインターナショナル・・・
EXITインターナショナルの本部は、オーストラリアにあると。

EXITはスイス住民だけを対象にしている。
外人でもその時だけスイスに住んでいてもOKだそうだ。
英国やドイツなど尊厳死に保守的な国からスイスに渡る人がいる。

EXITでは、年間300人が尊厳死する。
うち半数が末期がん。
デイグニタスのデータは不明。

一方、デイグニタスは、外人でもOK、飛び込みでもOK。
EXITはNPOなので、会員になれば無料で尊厳死できる。
一方、デイグニタスでは費用が必要だ。

しかし、デイグニタスは自殺幇助組織では無い。
そう呼ばれるのは、彼らの本意ではないそうだ。
本来の目的は、孤独死や自殺を防ぐことにあるという。

スイス以外に住んでいる人もスイスに行けば尊厳死できる。
言葉は悪いが、「自殺ツアー」という言葉さえある。
Assisted suicide とは、直訳すれば「自殺幇助」となるのか。

EXITやデイグニタスには、イギリス、ドイツ、フランス
などから尊厳死を求める人たちが集まってくる。
ここ欧州での尊厳死とは日本では安楽死相当だが、そう書く。

EXITへの入会は、リビングウイルを書くことから始まる。
続いて臓器移植の意思について書く項目が並ぶ。
自己決定権が確立している欧米らしい。

実際に尊厳死を遂げた人の平均年齢は76歳。
精神疾患は尊厳死の対象外だ。
例外的に躁うつ病の24歳に認められたことがあるという。

● なぜ、スイスなのか?

スイスは連邦制を取っており、州の力が大きい。
直接民主主義なので住民投票で事が決まる。
住民投票は署名活動から始まる。

例えばローザンヌ州では、老人ホーム入所者は、
リビングウイルと関係なしに自動的に尊厳死できる、
という法案が提出された。
活発な議論のあと、その法案は否決されたという話を聞いた。

一方、直接民主主義は、ともすればポピュリズムに陥り易い。
議員の権限はどうしても限界があるというジレンマがある。
そうした背景から、各地域にEXITなどが生まれたのか。

●SOARS(society for old age rational suicide) という英国の組織

Rational suicide=physician-assisted suicideという概念。
なぜ、敢えて自殺という言葉を使うのか理解できない。
私は、単に死でいいのに、と思いながら聞いていた。

英国のマイケル・アーウイン(Michael Irwin)医師は、
末期がんの患者さんを尊厳死させるためにスイスに連れて行き
患者さんは亡くなられたが、その帰りに英国当局に拘束された。

2009年に「高齢者の合理的な自殺を考える会(SOARS)」を組織。
末期がんや認知症終末期などの病気のため不治かつ末期となった場合の
栄養や水分補給に関する自己決定の啓発活動を行っている。

マイケル・アーウイン医師は、現在81歳。
元々は総合医(GP)だったそうだ。
聞くと現在は電話相談に明け暮れる毎日だと笑った。

SOARSの会員数は、650人。
70歳以上が中心だ。
これまで9人の患者さんをスイスのEXITに紹介したという。

スイスで亡くなった遺体はスイスで骨にする。
もし遺体のまま英国に持ち帰ると罪になる。
親戚家族や仲間たちとの調整が大変そうだ。

自国での尊厳死が、彼の最終的な目標であるようだ。
英国でも、長年、延命至上主義に悩んでいるようだ。
彼は患者の人権擁護に人生を捧げてる覚悟に見えた。

● 看取り型か、薬物処方型か

こんな分類は、どうかとも思うが。
いわゆる欧米での尊厳死(日本では安楽死相当)は、
看取り型と、薬処方型に二分されるかと思った。

 ○ EXITでは、医師か看護師など2人がついて看取る。
 以前オランダの尊厳死の項で書いたように注射を使う。
すなわち「看取る医療者」がいるタイプの尊厳死だ。
 
 ○ 一方、オーストラリアやオレゴン(米国)では、
お薬を渡して、自分で飲んで死ぬ方式のようだ。
 ただ、自殺薬を処方した場合、他人にあげる危険がある。

 処方しても、実際には6割しか飲まないといわれている。
気が変わるのだ。
 薬を持っているだけでいつでも死ねると安心するのが人間か。

結局、
 ○ マイケル・アーウイン型=Medicalized death
医師がコミットする尊厳死、もしくは医療の場での死。

  と

 ○ オーストラリア型=Non medicalized death
   医師が介助しないので注射できず、自ずと錠剤を使う死。
(「The Peaceful Pill」という本が平積みで売られていた)

の2つに分かれるような気がした。私の勝手な想像だが・・・

● ドイツの現状

2009年にリビングウイル(LW)法案が成立。
しかし欧州の中では英国と並びかなり保守的だ。
尊厳死を希望する者は、スイスに渡っている。

● フランスの現状

2005年にレオネッチイ法というLW法案が成立。
尊厳死は、緩和医療と両輪であることが明文化された。
しかしレオネッテイ法は、施設における看取りの法律。
在宅看取りを想定した法律では無いなどの指摘がある。

● このままだと、欧州は尊厳死で二分されるという危惧

ヨーロッパは陸続き。
EUとは経済圏だけでなく、看取り圏でもある?
尊厳死が出来る国とできない国がある。

一方、安楽死が出来る国まである。
このままだと尊厳死で二分される懸念が指摘された。
島国日本ではその心配は無いが、ガラパゴス化の可能性はある。

● 緩和医療の大切さ

午前中の議論のキーワードは、「緩和医療」だった。
緩和医療が尊厳死のベースにあることが強調されていた。
私も偶然同じことを今週あるメデイアに書いたばかりだ。

考えているうちに、緩和医療と尊厳死の境界が少し
重なっているのではないか、という気がしてきた。
一応全く別物となっているが、本当にそうなのか?

●その他の午後の演題をそのまま書き並べてみる。

 ○ Real end of life choice -The Peaceful Pill
 ○ Terri-Schavo-Case :Fighting for Justice
 ○ Who does my body belong to?
 ○ The winding road to a good death……

最後の演題は日本語で書いておこう。

「終末期の自己決定権はどの程度まで認められるか?
        ―スイスモデルの提唱―」
法務大臣が演説していた。

なんとなく、空気を感じて頂けたでしょうか?

一部にかなり進歩的な組織があるのも事実だ。
オランダ、ベルギーや米国の一部(オレゴン、ワシントン)
など安楽死が認められている国があるのは、有名な話だ。

しかしどこの国も終末期医療で苦労しているようだ。
それは医療者だけでなく、市民レベルも全く同じだ。
尊厳死法制化で議論しているのは日本だけではない。

英国のアーウイン医師は「見果てぬ夢」を追っている。
宗教上の議論、家族との議論がまだまだ続いている。
日本は遅れてはいるが決して想像したほどでもない。

以上が、2日目の市民シンポを聞いた素直な感想だ。

明日は、いよいよEXITに並ぶ尊厳死団体である
「デイグニタス」を見学するツアーに参加する。
見るもの聞くもの、すべて未知の世界だらけだ。