《0799》 「横隔膜ペースメーカー」とは? [未分類]

巻子さんは事故から一ヵ月後の8月に、3つの手術を同時に受けました。

(1)今以上にずれることがないように頚椎の固定術

(2)直接胃に流動食を入れるための「胃ろう」、そして

(3)両足の骨折の手術です。

 

10時間もかかったそうです。

さらに2ヵ月後の9月には「横隔膜ペースメーカー」の手術も受けました。

心臓のペースメーカーは有名ですが、横隔膜のペースメーカーとは何か?

 

呼吸するということは、横隔膜が動くということ。

横隔膜の運動で肺が収縮し、呼吸ができるわけです。   

そこでペースメーカーを埋め込み、横隔神経を刺激して呼吸を補助する。

 

巻子さんと同様に、頸椎の損傷で呼吸が出来なくなった患者さんに 

横隔膜ペースメーカーを埋め込み人工呼吸器を離脱できた症例もあります。 

巻子さんの場合は、呼吸筋が完全麻痺のためあくまで補助的な目的でした。

 

この装置がもし故障すると大変危険です。

またバッテリーにも寿命があり定期的な観察が必要だそうです。

実は、私自身も松尾さんにこの機械のことを教えて頂きました。

 

   
 
   

この医療機器は最先端医療技術で、巻子さんは日本で8番目の症例でした。

                       

人工呼吸器や胃ろうだけでも管理がむずかしい、と言われている上に、

多くの医師も知らない「横隔膜ペースメーカー」が装着された患者さんは

どこにも引き取り先が無かったそうです。

 

当時は、療養型の病床を半分に減らすという国の政策がありました。

1990年代に「社会的入院」が多くあって、国は財政赤字になり、

毎年2200億円の医療費が削減する政策が、続いていました。

 

同じ患者を長期に入院させておくと、診療報酬は段階的に減ります。

つまり病院は赤字になります。

そこで病院は患者を追い出さなくては、経営が成り立たない・・・

 

巻子さんは、まさにこの時期にぶつかったのです。

大学病院にはすでに3ヶ月以上経っていましたので、

次の病院を探さなければなりませんでした。

 

大学病院の先生もあちこち探されましたが、人工呼吸器、胃ろうに加え

どの先生も経験のない横隔膜ペースメーカー付きでは、みんな断られる。

富山県でリハビリが一番完備している病院にも、断られたそうです。

 

幸郎さんが驚いたのは入院する前に「次の病院はどこ?」と訊かれたこと。

これが重篤な病状の患者さんから見た、当時の診療報酬改定の実態でした。

もちろん巻子さんは社会的入院ではなく、一番病院を必要としている患者。

 

しかも病気ではなく、何の落ち度もない、過失割合ゼロの交通事故の被害者。

それが「門前払い」されるか、よくても「たらい回し」なる、と。

こんな理不尽なことがあるのでしょうか?と幸郎さんは嘆かれたそうです。

 

それとも他の病院が引き受けられないような最先端の治療(延命措置)が

施されたということが理由だったのでしょうか?

横隔膜ペースメーカーという最新医療技術のせいで、医療難民になった!?

 

その当時の幸郎さんは、「頭が狂いそうだった」と振り返っておられます。

世界に冠たる国民皆保険制度、世界に冠たる医療制度と言われています。

しかしその怒りをどこにぶつければよいのか、幸郎さんは悩まれました。

(つづく)

 

PS)

昨日の朝日新聞に、胃ろうの中止に関する記事が出ていましたね。

日本老年病学会の調査で、2割の医師が中止経験があるとのこと。

 

実は、現在、このことについてまさに本を執筆中です。

ご参考までに、以下、記事を引用させていただきます。

 

胃ろう指針を学会整備 医師の2割が中止経験

朝日新聞 2012/6/24

http://digital.asahi.com/articles/TKY201206230624.html?ref=comkiji_txt_end

 

高齢者医療を担う医師の2人に1人が、過去1年間に胃ろうなどの人工栄養法を途中で中止したり、最初から差し控えたりしていたことが、朝日新聞社と日本老年医学会の共同調査でわかった。中止を経験した医師だけでも2割いた。患者・家族の希望などが理由だ。同学会は27日、胃ろうなどの開始や中止までの手順などを盛り込んだ指針を公表する。

 胃ろうの目的は、自分の口で食事をとれなくなった患者が、回復するまでの栄養補給だ。本人の不快感が少ない上、介護者が手入れしやすく、導入数が増えた。厚生労働省研究班の調査では、胃ろうにした認知症の高齢者約1千人の半数が、847日以上、生存していた。一方で、回復の見込みや患者・家族の事情を考慮せずに使うケースも増加。意識もないまま、寝たきり状態が長く続く高齢者の存在が問題になった。

 今回、朝日新聞は同学会と共同で、終末期の高齢者への人工栄養の実態を探るため、同学会の医師会員4440人を対象に6月上旬、アンケートを送り、1千人(回答率23%)から回答を得た。この結果、過去1年間に、胃ろうなどの人工栄養を中止したり、差し控えたりした経験のある医師は51%を占めた。中止は22%で、1人あたり平均で4.0回、中止していた。

 中止の理由を複数回答で聞くと、「下痢や肺炎などの医学的理由」が68%と最多で、「本人の苦痛を長引かせる」が30%、「家族の希望」28%と続いた。医師側から家族に中止を提案した医師も12%いた。

 最期が近づいた患者に、過剰な栄養を入れると、むくみや痰(たん)が出て、肉体的な苦痛を伴う。また、意識のないまま、死までの時間が長くなり、本人や家族が望まない延命につながることもある。胃ろうなどを中止すれば、一般的に患者は1週間から10日で亡くなる。

 一方、患者側は中止を希望したが、法的、倫理的な問題があると考え、中止しなかった医師も11%いた。

 また、48%の医師が差し控えを経験していた。平均で6.7回だった。家族の希望が69%で最多で、「患者の苦痛を長引かせると判断」が48%、「本人の意思を家族から伝えられた」が42%と続いた。

 病院への入院時や施設への入所時に、人工栄養の導入や中止について、24%の医師が書面で意思を確認していた。

 同学会の指針は、人工栄養法について、患者本人や家族の意思を尊重し、支援するのが目的。状況により中止や差し控えも選択肢となる手順を示す。