《0808》 こうなることは分かっていたが・・・ [未分類]

 昨日は、弁護士さんの団体が主催する、障害者団体との

シンポジウムに呼ばれました。診療と往診を大慌てで終え、

町医者としての夕方からの仕事を放り出して上京しました。

 

シンポジウムのテーマは、「尊厳死」。

 

日本尊厳死協会の役員としての見解を求められましたが、

ついつい町医者の本音が飛び出てしまいます。

まあ早くいえば、「失言」の連続だったかもしれません。

 

メデイアやテレビが結構、入っていました。

ああ、失言部分だけが切り取られるのかな。

弁護士会館なので失言も赦してくれないのかな、なんて後悔。

 

ALSの患者さんは末期ではないこと、

ALSの患者さんの人工呼吸器に延命という言葉は相応しくない。

リビングウイル法制化でALSの患者さんが殺されることはない。

 

など、いろんなお話をしましたが、全然ダメです。

会場の全員が、私を睨んでいます。

この場では私はどうあがいても「犯人」か「加害者」。

 

もう一人の在宅専門のお医者さんはどう見ても、男前で、善良。

一方、私は超悪玉という構図のままシンポジウムは終了しました。

プロレスや時代劇のように大変分かり易い配役だったと思います。

 

まあ、こうなることは分かっていたのですが・・・

 

尼崎のALSの患者さんを放って出て行って、東京のALSの

患者さんや支援団体から、つるしあげられて帰ってきました。

まあ、これが私の生きる道、ですからめげませんが。

 

四面楚歌、多勢に無勢の中、嬉しいことが3つありました。

 

1 完全悪徳医の私に、会の終了後に名刺を持って挨拶に

  来て頂いた車椅子の障害者がおられたこと。

  たとえ一人でも私の話が通じたかと思い、嬉しかった!

  反応ゼロと1では、天と地の差があります。

 

2 シンポジストのALS患者さん(人工呼吸器を付けて登壇)

  が、「長尾先生は面白い・・・」と呟いてくれたこと。

  『面白い』という表現は、あの場の私には最高の言葉でした。

 

3 連日書いている「巻子の言霊」の著者である柳原三佳さんと

  会場で初めてお会いすることができたこと。 ご縁ですね。

  またこんなシンポをやりましょうね、と言ってくれました。

  

2週間後に世に出る本「平穏死・10の条件」を読んでほしい!

と会場のみなさんに言ってはきましたが、さて読んでくれるかな。

もしこの本で非難されるなら、仕方が無いかなとも思いました。

 

大変過酷で辛い1日でしたが、明日からまた、人工呼吸器の

在宅患者さんとご家族に寄り添って、頑張りたいと思います。

朝は大雨にパンツまで濡れて、夜は日本一悪い町医者でした。