《0928》 「長尾先生はどのように精神バランスを?」 [未分類]

【質問】

医学部1年生です。
在宅医療に興味があり、『平穏死 10の条件』を手にとりました。
医師は患者さんの死と隣り合わせにいるということはわかっている
つもりですが、在宅医のほうが、交替やシフトも組めないまま、

24時間体制で看取りにいかなければいけないという現実を知り、
自分には無理なのではないかと感じました。
死を看取る医師は、そうでない医師よりも、
うつ病になる人が多いとも聞きます。
長尾先生は強い人ですね。
どのように精神バランスをとって、今までやってきたのですか?
(相談者・茨城県/19歳男性)

【回答】

君は、いい医者になると思います。
今までそんな質問をした人は皆無でした。
さすが、医学生だと感心しました。 

看取り医のメンタル面に興味を持って頂き感謝します。
たしかにハードな毎日です。
正直言って自分は10人分以上働いているつもりです。 

もっと正直に言えば、100人分かな?
それくらいの仕事をしているつもりです。
決して大袈裟ではなく、本気でそう思っています。 

知り合いの看取り医は、病気でどんどん倒れていきます。
残っているほうが少ないくらいです。
沢山活躍している人ほど、様々な病気で倒れていきます。 

よほど要領がいいか、悪人でないとこの仕事は務まりません。
私は、この両方だと思っています。
要領がいい悪人・・・ 

「何があなたの目的なの?」
「政治に出るため?」
「そんなにお金を稼いでどうするつもり?」 

これは、偉いお医者さんから、よく聞かれる質問です。
正直、なんてショームないお医者さんだろうと思います。
今まで私のモチベーションを聞いてきたのは君が初めて。 

私のモチベーションは、「怒り」です。
大きな病院の廊下を歩けば、10分で理解できます。
患者さんのうめき声があちこちから聞こえてくるのです。 

それでも詰所の医者や看護師さんは、平気で仕事をしている。
知っていても、知らぬ顔。
あんなに苦しめておいて、最期は麻酔をかけて眠らせる・・・ 

それが「最高の医療」だと信じている医療者への「怒り」なのです。 

この「怒り」は、君と同じ、19歳の時に自覚しました。
病院に入院しても治らず、自ら命を断った父親の死に顔を
見たときから、いまの「怒り」が始まっているのです。 

医者になって20年間は、大人しくしていました。
なるべく目立つことはしないように心がけました。
しかし、50を過ぎてからまた「怒り」が頭をもたげた。

 「怒り」がいけないことは、重々、知っています。
「愛」のほうが綺麗に決まっています。
しかし敢えて使わせていただきます。 

「怒り」です。 

私は、中学、高校と、激しい運動を毎日、していました。
大学でも苦学生の医学生だったので10人分のアルバイトを
しながら日曜日には眠りながらの野球をしていました。 

私が倒れないのはその時の貯金があるからだと思います。
正直、毎晩、これで死ぬのかな?と思いながら眠ります。
まあ、何度も電話がかかり、オチオチ眠れないのですが・・・ 

こんな生活は、医師国家試験に合格したその日から始まり、
奇跡的に、今日まで延々と続いています。
ハッキリ言って、私は異常中の異常だと思います。 

倒れないのが、自分でも不思議でしょうがありません。
何かに守られているのかな?と感じることもあります。
しかし「今日が最期」と思いながら30年間走ってきました。 

うつにはなりません。
うつは沢山診ていますが、自分はなりません。
適当に気分転換はしています。 

そんなのは「プロ」であれば当たり前です。
自己管理が基本中の基本です。
うつが心配なら、在宅などやらないことです。 

勉強に来る医学生や研修医には、いつもこう言っています。
医者は頭では無い。
体力とハート。 

これは毎日、自分自身にも言い聞かせています。
どんなにハードな毎日でも、比叡山の延暦寺の
千日回峰行と比べたら、まだ月とスッポンです。 

とはいえ、在宅医療政策には無理があります。
昔は、往診だけで良かった。
今は、携帯電話に相談がバンバンかかってきます。 

だから昔と同じようにはいきません。
すなわち、「在宅医の労働問題」という命題が存在するのです。
そんな命題があることに気がついている人は皆無かもしれない。 

ですから貴方の疑問は、たいへん的を得ています。
一部の異常者だけが出来るシステムだから広がらないのです。
医師も人間ですから良心だけに期待しても所詮無理なのです。 

在宅医療を推進するためには、労働問題からやらないといけない。
私は、「労働衛生コンサルタント」という資格も持っています。
苦労してこの資格を取って本当に良かったと思います。 

病気の原因は、たいてい職場か家庭のどちらかにあります。
そんな当たり前のことすら、見えなくなった現代医療です。
すなわち「人を診る医療」がほとんど無い医療界なのです。 

貴方も病院だけが医療だと錯覚しない医師を目指してください。
それには広く社会、いや世界までも医学生の時に見てください。
くわえて、できるだけ強靭な体力と精神力を、養ってください。 

今日から11月。
大変答え甲斐のある、いい質問をして頂いた
19歳の君に感謝します。 

私のいいところだけを学んで、よりよい医療界に
変えるよう、今日から毎日、努力してください。
そのためには、まず「体力、気力」です。 

1が3つ並んだ日なので、力を入れて書いてみました。