《0986》 抗がん剤は延命治療!? [未分類]

抗がん剤治療は、がんを治す治療法、ではありません。
延命治療である、といったほうが正確であると思います。
ただし、もう少し正確にお話してみたいと思います。

時々「私は抗がん剤でがんが治った」と言われるひとがいます。
よく聞くと、早期発見・早期治療のおかげで治ったようでした。
外科手術のあとに、補助的に抗がん剤治療を受けていたのです。

いわば、ダメ押しの抗がん剤治療を受けた人たちです。
外科手術で100%がんが除去された後に抗がん剤を受けた。
あるいは99%除去された後に、抗がん剤で1%を抑えた。

2つの可能性があり、どちらであるか、よく分かりません。
いずれにせよ手術のお陰で治り、抗がん剤は付け足しです。
では抗がん剤だけで治った人は、いないのでしょうか?

白血病や悪性リンパ腫では、抗がん剤で治った人がいます。
ですから正確には本日のタイトルは、少し間違っています。
血液のがんでは、抗がん剤で治る場合も稀ですがあります。

しかし多くの場合、「抗がん剤治療は延命治療である」と
理解しておいた方がいいかと、私は思います。
皆さんの関心はどれくらいの延命効果があるか?でしょう。

がんが再発した患者さんを、くじ引きで2群に分けます。
A群は、抗がん剤をしないグループ。
B群は、抗がん剤をするグループ。

A群とB群をそれぞれ1000人ずつ追跡調査して
どれくらい生きたかを分析します。
B群の方が1カ月長く生きていたら、抗がん剤が有効となります。

たった1カ月?
そう思われる方が多いでしょう。
もちろん1カ月はたとえばであって、1カ月とは限りません。

1000人対1000人の寿命データを分析して、
たとえ1日でも統計学的に有意に長生きしていたら
「延命効果あり」と言います。
それが「抗がん剤が効く=延命効果がある」という意味です。

完治するとか、確実に何年長生きする、という話ではありません。
なかにはそんな人もいますが、あくまで多くの患者さんデータを
分析して、統計学的処理で効く効かないを評価してモノを言います。

日常の外来診療でよく、「母親に抗がん剤が本当に効くんでしょうか?」
との質問を受けますが非常に答えにくいのは、このあたりの話です。
「効くことになっているから、やっているんですよ」とお答えします。

家族は、もっと具体的な数字を求めています。
具体的な数字は、専門家に聞けばある程度、出てきます。
しかしその数字は、あくまで統計学的な予測値なのです。

「統計学的」という言葉が難しければ「平均」でもいいでしょう。
「抗がん剤をすれば平均これくらい延命できます」という話です。
さらにそれは過去の臨床試験で得られた統計学的処理から出た数字。

もし個々のがん組織の遺伝子変異を調べて、効きそうな人だけに
限定して抗がん剤治療をやれば、延命期間はより長くなるでしょう。
ですから、現在ある延命期間の数字は、あくまで過去のデータです。

宝くじにせよ、競馬にせよ、所詮、確率の世界です。
さまざまな分析で確率の精度を上げることはできます。
しかし、どこまで行っても確率の世界で100%はありません。

抗がん剤治療もよく似ています。
予測精度をより高めることはできても、100%には至りません。
どこまで行っても、「ハズレ」が必ずある世界です。

さて、本日の主題である「延命治療」という言葉です。
これは、抗がん剤に限りません。
医学や医療はすべて延命治療と言ってもいいかと思います。

高血圧の薬を飲むのも、糖尿でインスリンを打つのも、もちろん延命。
アンチエイジング医学がありますが、日本語では「抗加齢医学」です。
長生きする医学とは延命医学であり、実は医学全般の基礎であります。

美容外科でさえ、私は延命治療であると思います。
美しくなり、幸せホルモンがいっぱい出て、その結果、
長生きするから、医師も美を追求するのだと思います。

現代日本人の寿命は80年と決まっています。
生まれた瞬間から、死へのカウントダウンが始まっています。
赤子を見ると嬉しくなる一方で、悲しくなることもあります。

「ああ、この子の余命はあとたった80年しかないのか・・・」

「余命」と言うとギョッとしたり怒る人がいます。
そんな不謹慎な言葉は使わないでくれと、のこと。
分かっているから、敢えて言わないでくれという人もいます。

しかし、誰にでも余命がある。
限られた中で多少のブレもあり、その中でヒトは生きている。
そんなあたり前のことを忘れている人が増えているようです。

「延命」という言葉も、不思議な言葉。
「余命」を延ばすことが、「延命」です。
「延命」が医療の目的で、決して特別な言葉ではありません。

日常生活の中で特別な負担無く「延命」できれば素晴らしい。
しかし時には、ちょと大がかりな手段を講じて延命することを
一般に「延命治療」とか「延命措置」と呼びます。

特に「三大延命治療」とは、人工栄養(胃ろうやIVHなど),
人工透析、人工呼吸を指しています。
これらは特殊な器具を用いるので、別枠で語られるのでしょう。

さて抗がん剤も延命治療であることを、ご理解頂けるでしょうか。
予測分析で確率を上げることはできるが、どこまでも確率の世界。
宝くじや競馬と同じで、参加しない、とう選択も権利もあります。

【PS】
いよいよ年の瀬ですね。
当院は、まだまだやっています。
明日も外来も在宅もまだフル稼働しています。

さて、今年も、激動の年でした。
昨年は、3.11という大変な年でした。
今も大変ですが、今年は年末になんと政権が変わりました。

そんな中、私ごとですが、今年後半に2冊の拙書が世に出ました。

「平穏死」本は、9刷、11万部を突破しました。
「胃ろう」本は、発売1週間で重版し、増刷中です。
どちらも読者の皆さまに大変お世話になり深く感謝申し上げます。

「平穏死」という言葉を知っているか毎日、聞いて廻っていますが、
それを知っている人は、まだ1%にも達しません。
お医者さんの世界では、それ以下の認知率です。

どうかこのお正月に2冊の本を読んで頂き、
「いのち」についてゆっくり考えて頂ければ幸いです。
印税は右から左へ、全額、被災地の子供たちに寄付しています。